1. HOME
  2. おすすめ
  3. 【新潟市】多才なデジタルディレクター『(株)ワンワード代表・貝雅史さん』にインタビュー!「あいつに頼めば、なんとかしてくれる」と頼られる仕事の流儀とは!?

【新潟市】多才なデジタルディレクター『(株)ワンワード代表・貝雅史さん』にインタビュー!「あいつに頼めば、なんとかしてくれる」と頼られる仕事の流儀とは!?

配信日:2026年10月24日 更新日:2026年10月24日

アイキャッチ

【プロフィール】

貝 雅史(かい まさし):新潟市出身。専門学校を卒業後、副業的に音楽制作を始める。副業が多様化し、2013年にWeb制作やイベントディレクションなどを主軸に独立。エンジニア専門のシェアオフィスを運営。新潟県内のみならず、首都圏からの依頼にも対応。趣味の釣りが目下のリフレッシュ方法。

音楽に没頭した学生時代

貝さん:サッカーとレコードまみれの毎日でしたね。

音楽にどっぷりハマっていったのはこの頃からでした。サッカーは社会人になっても続けていたんですよ。

貝さん:専門学校を卒業して、まずは就職して働きました。

一方で、学生時代から始めていたDJ活動も続けていたんです。そうしたら、あるとき音楽制作の依頼が舞い込んできました。

貝さん:当時はAdobe FlashがWebサイトの主流でした。

サイト上でBGMや効果音を鳴らすという文化があったのですが、「その音を作ってほしい」という依頼でした。

貝さん:本を読んだり、先輩や友人に教えてもらったりしながら、必死に制作して納品しました。

いわゆる「下手の横好き」ではありましたが、それが副業としての第一歩でしたね。

「人を編む」ディレクターの原点

貝さん:音楽を納品すると、今度はクライアントから「Webサイトも作れないか?」と相談されるようになったんです。

貝さん:当時の僕にはWebサイトは作れませんでした。

でも、「Webサイトと音楽を同時進行で作るほうが効率がいい」と考え、そこで「こっちでWebサイトを作れる人を探しますよ」と答えたんです。

貝さん:ちょうどmixiが全盛期で、SNS運用やマーケティングという新しい仕事が生まれ始めていた時期でした。

クライアントが求める人材を私が探して、チームを編んでいく。いつしかそれが当たり前の形になり、今の仕事の原型が作られていきました。

貝さん:チームとして動く以上は中身を知らなければなりません。デザイン、コーディング、動画制作、マーケティングなど…、まずは自分でもやってみるようにしました。

一度経験することで、プロの凄さを肌で実感できました。そうして2013年に独立を決意しました。

営業ゼロを支える「信頼とつながり」

貝さん:ほぼ新潟県内でしたが、徐々に県外からの依頼も増えていきました。若い頃の友人や先輩が独立したり、役職に就いたりして、“私を指名してくれる”ようになったんです。

実は、うちの会社には営業マンが一人もいないんですよ!

貝さん:口コミと人のつながりだけで、ここまで来ることができました。本当にありがたい限りです。

貝さん:Web制作・マーケティング・システム開発などのデジタル分野から、イベント企画や音響設営などのリアルな現場まで、幅広く手がけています。

「株式会社ワンワード」という社名ですが、「萬屋(よろずや)貝ちゃん」と呼ばれたいくらい、何でもやらせてもらっています(笑)

貝さん:どのプロジェクトにおいても、私の立ち位置は「ディレクター」です。

クライアントの希望を実現するために、手順を考え、スタッフを集め、工数を管理する。このディレクション業務に非常にやりがいを感じています。

仕事の9割は「徹底した準備」で決まる

貝さん:好きではありましたが、昔はなかなか結果が出ませんでした。

中学生のときにサッカー部のキャプテンをしていましたが、からきし勝てなかった苦い思い出があります(笑)。

貝さん:入念な準備です。

仕事は、“準備の段階で9割終わっている”と考えています。本番は、あくまで準備したものを遂行する場に過ぎません。

想定に想定を重ねてスタッフと共有し、準備に徹底的に時間を割いて臨みます。試合が始まったら、私たちの力で止めることはできませんから。

時代の旬を学び、期待に応え続ける

貝さん:AIの発展にどう対応し、活用していくか。

常に時代の旬を学び続け、どんな依頼にも対応できるように準備を怠らないことですね。

貝さん:そうありたいと願っています。

これからも誠実さと情熱を持って、一つひとつのプロジェクトに向き合っていきます。

SNSで記事を共有する