【プロフィール】
坂上 重成(さかうえ しげなり):新潟市出身。高校まで新潟県内で過ごし、大学進学のため上京。日本橋にある問屋に就職後、実家である都屋へ。2代目就任と合わせて、店舗をリニューアル。地酒専門店として多くの日本酒ファンに愛されている。
“なんでも屋”では生き残れなくなった時代
——都屋について教えてください!
坂上さん:私が3歳のときに、父が野菜や食品を中心としたお店として開業しました。当時のアルコールの取り扱いは、1〜2割程度だったと思います。
——地酒専門店に舵を切るきっかけは?
坂上さん:徐々に市場と合わなくなってきたことがきっかけです。「腸管出血性大腸菌O157」の影響で、独占していた病院や老人ホームへの給食卸が複数社体制となり、当店の規模では採算が合わなくなってしまいました。
加えて、私自身が“専門店の必要性”を感じていたこともあり、2005年に地酒専門店として新たにスタートしました。
——坂上さんの経歴は?
坂上さん:大学卒業後に日本橋の総合食品商社へ就職し、全国的な大規模流通を経験しました。同時に酒屋さんの衰退を目の当たりにしましたね。
コンビニでアルコール販売が解禁された時期でもあり、「専門性の高い店でなければ生き残れない」と考えていました。

“地酒専門店”を形にするまで
——リニューアルの支えとなったものは何ですか?
坂上さん:先代から扱っていた、朝日酒造の「久保田」という銘柄ですね。「全国久保田会」の下部組織「久保田塾」の存在が大きかったです。
——どのような刺激を受けたのですか?
坂上さん:群馬や名古屋、京都など全国で奮闘する仲間たちの姿を見て、「うちも早く専門性を出していかなければ」と自分を奮い立たせていましたね。
しかし、創業者である父には他の考え方があり、当時は事あるごとに衝突していました。
——改装してからも続きましたか?
坂上さん:細かいことは頻繁にありました。あくまでも地酒専門店にしたい私は、タバコやビールを見えないところに置いておきたかったのです。
店を閉める際にバックヤードへしまっても、翌朝来ると棚にタバコが並んでいる。そんな小さなせめぎ合いは四六時中でした(笑)。ですが、日本酒を求めるお客さんが増えたことで、そのようなやり取りはなくなっていきましたね。

田んぼとつながる酒
——当時はどんな銘柄を取り扱っていたのですか?
坂上さん:業界では伝説的な存在であり、新潟県醸造試験場の元場長だった「嶋悌司先生」の影響を強く受けていました。そのため“土着性が強く、田んぼを大切にしている蔵”に強く惹かれていたのです。
——具体的にはどのような酒蔵ですか?
坂上さん:クラシカルなスタイルで、米作りから地域の環境や文化と一体になって取り組んでいる酒蔵が多かったですね。
また、私が都屋に戻って一年後に蔵へ戻ってきた麒麟山酒造の斉藤社長とは、切磋琢磨しながら共にブランド育成に努めてきました。
——新潟らしい蔵の酒が多かったということですか?
坂上さん:現在でこそ多様な蔵元がありますが、当時はまさに“新潟らしさ”が土着のスタイルだったと思います。全国的にはプロダクト中心で、その酒ができる背景はあまり重要視されていない流れもあったと思います。
「新潟で酒造りを始めた人たちの多くが農家だった」という背景があるからこそ、酒造りに関連性がないものを“新潟の地酒専門店で取り扱う価値”があるのかと疑問を感じていました。

日本酒を“伝える”ということ
——お店をリニューアルして感じたことは?
坂上さん:商品のラインアップだけでなく、販売戦略の見直しも実践しました。
販売の主力を飲食店向けにしたのは、より多くの方に新潟の日本酒に触れる機会を創出したいという想いからです。
——日本酒を“伝える”ための取り組みにも力を入れたのですね。
坂上さん:日本酒への学びを深められる場を作りたいと考え、蔵見学を主軸にしたイベントも開催するようになりました。
さらに、来店された方へ銘柄をより分かりやすく紹介するため、取り扱い銘柄のメニューも作りましたね。

——アプローチの修正を感じたきっかけは?
坂上さん:海外の方とのやり取りがきっかけでした。お店の常連さんに海外の病院の院長先生がいて、その方が「日本酒造りのどの工程でメロンのフレーバーを入れるのか?」と聞いてきたんです。
——どのように説明されたのですか?
坂上さん:「いやいや、そんなものは入れません。これは酵母が出す香りです」と説明しても、「絶対に加えている。見ていないところで入れていはずだ!」と譲らないのです。
その時に、きちんと日本酒について伝えていかなければならないと痛感しました。

“体験”で日本酒を伝える
——蔵見学イベントの内容を教えてください。
坂上さん:「奥の酒道」という取り組みで、蔵や田んぼを見て回り、地域の風呂に入って、新潟市内へ戻ってから見学した蔵のお酒を参加者みんなで飲むという内容です。
これまで200回以上開催し、延べ1,000人以上と一緒に蔵を回りました。
——改装から21年が経ち、日本酒のラインアップは変化しましたか?
坂上さん:愛飲家は、どこにでもある酒ではなく、希少価値の高い酒を求めます。人気の味わいも変化するので、ラインアップも変わっていきますね。
ただ、根底にあるのは常に「田んぼとのつながり」です。例えば、「天領盃酒造(佐渡)」や「葵酒造(長岡)」、「越後鶴亀(西蒲区)」などは、その最たる例かもしれません。
——名前の挙がった3蔵は、モダンな印象のお酒ですよね?
坂上さん:確かにそうですね。だからこそ、伝統に裏付けされたクラシックなお酒が大事だと思います。
「古典的なスタイルを極めた酒」と「モダンで最先端の酒」、その両方が共存しているのが新潟清酒の世界です。
この世界観を今後も伝えていくことが、私の目標ですね。
