【プロフィール】
熊倉 七瀬(くまくら ななせ):胎内市出身。子育てをしながら、2021年から家業である『くどうもちや』の手伝いを本格的にスタート。より地元に根ざしたラインアップを目指して、新商品を開発している。愛する胎内市や本町通り商店街を盛り上げるためのイベントにも取り組んでいる。
80年以上続く、もち屋のバトン

——何代目になるのですか?
熊倉さん:まだ正式に継いでいるわけではありませんが、前身である工藤商店時代から数えると、父が4代目になります。
——初代からおもちが主力ですか?
熊倉さん:開業当時は、お米と燃料の販売をしていたと聞いています。戦後、農家さんが持ってきたお米をついてあげるところから、“もち屋”としての営業も始まりました。
時代の流れとともに必要とされるものも変わり、平成に入ってからはおもちとおこわ(予約制)が中心のスタイルです。『くどうもちや』という名前を併用しています。

「なくなるのはもったいない」
——家業を継ぐ考えは以前からあったのですか?
熊倉さん:いえ、まったく興味がありませんでした。出産を機に実家へ行くことが増え、家業への興味が湧くようになりました。
——具体的な出来事はあったのですか?
熊倉さん:お客様から「おもちおいしいよね」「笹団子が好きなんだ」と言っていただいたり、新規のお客様や県外からのリピーターが増えていることを知りました。
最終的な後押しになったのは、「なくなるのはもったいない」という声を耳にしたことです。それをきっかけに店を手伝うようになりました。

父の背中を追いながら、新しい味をつくる
——製造のお手伝いも?
熊倉さん:はい。でも、おもちだけでも10種類以上ありますし、おこわや赤飯などはより職人技が求められるので…。現役で働いている父のサポートをする形です。まだ修業の身で、日々勉強しています。
——家業を手伝うようになって驚いたことは?
熊倉さん:朝の始動の早さには驚きましたね。子どももまだ小さく、自宅から通っているため間に合わないことも多いのですが…。おもちはカビや菌が発生しやすいので、とにかく衛生管理は徹底しています。
菌の活動が少ない早朝の時間帯に、重要な作業を済ませるんです。今後は早朝の作業もできるようになりたいと思います。
——新たな取り組みや挑戦を教えてください!
熊倉さん:商品のラインアップですね。もともとはパックのおもちがメインで、予約制のおこわや赤飯を販売していました。どちらも買ってすぐには食べられないんですよね。
そこで「近所の子どもたちが気軽に遊びに来てくれるように」という思いも込めて、「カップ団子」を始めたんです。両親に新商品のアイデアを他にも提案して、作らせてもらうようになりました。

「人が集まる商店街」を目指して
——出店されている朝市の状況を教えてください。
熊倉さん:声をかけていただく機会が増え、「くどうもちや」の認知も広がりましたね。
「もっと商店街に人を呼びたい」という想いが強くなり、イベントを企画するようになりました。
——どのような企画だったのですか?
熊倉さん:中学校の総合学習の一環で、「子どもたちの伴走者(地域のサポーター)として一緒に何かに取り組みませんか?」と声をかけていただいたんです。そこで知り合ったメンバーと「マルシェを開催しよう」という話になり、形になりました。
このマルシェが始まったのが2021年です。現在では、中学生たちの総合学習の発表の場という役割も担っています。
——現在はほかのイベントも開催されているそうですね!
熊倉さん:2024年からはビアガーデンも始めました。このほかにもイベントがあり、年間で最低3つは開催しています。

もち屋も商店街も続く未来
——イベントを開催してみて感じることは?
熊倉さん:「この商店街は元気だね」「若い人が増えたよね」と言っていただくことも増えました。SNSで情報を知り、市内外のお客様にたくさん来ていただいています。
でも、正直まだまだです。イベント自体は大変ですが、コツコツ続けることで、この商店街のファンを少しずつ増やしていきたいです。
——課題に感じていることはありますか?
熊倉さん:今は父と母が現役で頑張ってくれているので、私も積極的にイベントへ参加できます。でも、外にばかり目を向けるのではなく、家業にも目を向けなければいけないと思うようになりました。
今の課題は、より裏方に回れるように私のポジションの後継者を探すことです。候補は考えていて、思いの強い若い人が結構いるんですよ。
——最後に、今後の目標を教えてください!
熊倉さん:いずれは、小学生をはじめとした子どもたちと一緒に取り組める活動もしていきたいと思います。でも、まずは店の仕事を覚えることですね。
親の代で終わらせることなく、このもち屋を少しでも長く存続させていきます。
