【プロフィール】
大島巧(おおしまこう):1999年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学を卒業後、TeNYテレビ新潟に入社。同局の看板番組「新潟一番」や「新潟一番サンデープラス」のメインMCを務めながら、Jリーグや高校サッカーの実況を担当していた。2024年7月に同局を退社し、『株式会社トークパス』を起業。代表取締役CEOとして、日々県内外を飛び回っている。
『新潟人218人目は、『株式会社トークパス』の代表取締役CEO・大島巧さん。TeNYテレビ新潟の人気アナウンサーとして活躍していた大島さんは、今年7月に退社し、“タレントを起用した広報支援サービス”を起業しました。ここに至るまでの流れを中心にお話を伺いました!』
諦めきれない気持ちから受けた試験
——アナウンサーはいつから目指していたのですか?
大島さん:小さい頃からの夢でした。しかし、本格的に動き出したのは、人よりもずっと遅かったですね。大学3年からアナウンススクールに通い始めました。
テレビ局の採用試験も大学4年生の6月に解禁だと思っていて、準備をしていませんでした(笑)。大学の先輩からインターンという名目で採用が始まると聞き、慌てて通い始めました。
——アナウンススクールに通い始めた印象はどうでしたか?
大島さん:「場所を間違えたかな」と思ったことを覚えています。部活を終えた後にスクールへ行ったのですが、扉を開けたら全員がアナウンサーのような格好で…。見た目、雰囲気からして、「まずは基礎の力を身につけよう」とある種の覚悟が決まった気がします。
——焦りを感じてしまいますよね…。
大島さん:大学1、2年生の時から通っている方が多く、スキル面でも当然差がありました。行き帰りの電車で目に見える景色を実況したり、自宅の車庫で発声練習をしたり、部活を並行しながら努力を重ねました。
——採用試験はどうでしたか?
大島さん:プロ野球とJリーグの実況をしたかったので、大阪や福岡、北海道、名古屋にあるテレビ局の試験を受けました。しかしご縁はなく、一般企業の採用試験も受けていました。どうしてもアナウンサーの夢が捨てきれず調べた時に、TeNYテレビ新潟の採用試験を見つけました。
いかにアナウンサーの経験を生かせるか
——TeNYテレビ新潟の採用試験はどんな印象でしたか?
大島さん:面接官の方々に、私の話を引き出されたことが印象に残っていますね。それまで受けてきた試験とは異なり、一番会話ができたので「ここで働くんだな」とぼんやり思ったのを記憶しています。
——独立という考えはいつからあったのですか?
大島さん:入社時にはすでにありました。「3年後には会社を辞めて起業する」と決めて、逆算して日々のスケジュールを組んでいました。
——すでに3年後のビジョンを考えていたのですね…!
大島さん:自分が新潟に来た意味を考えながら、マンダラチャートを書きましたね。大島巧の人生の中で、“アナウンサーというのは一つのフェーズである”と思っていたので、将来から逆算したときに「このファーストキャリアをどう活かすか」を考えていました。
——新潟に来た時のイメージを教えてください!
大島さん:海やウィンタースポーツ、お米、立派な山脈などの自然が豊かな印象がありました。しかし、それだけだった印象は、仕事を重ねるうちに変わっていきましたね。特に大きかったのは、実況や取材などアルビレックスに関係するお仕事に携わった時です。
——どんなことに気づいたのですか?
大島さん:これだけ多くの人が集まるコンテンツが、新潟にあることに驚きました。先輩アナウンサーの方から「今は新型ウイルス禍だから来場者はまだまだ少ない。多い時は4万人もいたんだ」と聞いて、“人を引き付ける魅力的な場所”だと知りましたね。
フリーアナウンサーよりも今は起業だ。
——大島さんの今に大きく影響を与えた人はいますか?
大島さん:大学で出会った“鈴木寛先生”ですね。鈴木先生のゼミは、ソーシャルプロデューサーになることだけを追求したゼミで、「何年かかってもいいから社会にインパクトを残せる人になれ」という教えでした。
——同じゼミのメンバーも各地で活躍されているのですよね!
大島さん:アパレル事業の会社経営者のほか、愛知県日進市の史上最年少で市議会議員になった者、チャンネル登録者数900万人超え(2024年7月時点)のYouTuber…。本当に個性豊かなメンバーがそろうゼミでした。その仲間と恩師の影響が、今の私の言動に大きな影響を与えていると思います。
——フリーアナウンサーではなく、起業を選んだのはなぜですか?
大島さん:Jリーグの実況をする中で、「フリーアナウンサーになる」という思いが強くなるタイミングもありました。しかし、ふとした時に「会社の代表をしながらでもフリーアナウンサーをできるのでは」と思ったんですよね。
テレビもラジオも、オファーがあればできるはずだと。新潟でのコミュニティーがあり、応援してくれる方々がいる中で“挑戦するなら起業”だと思いました。
——起業するにあたってどんなことをしましたか?
大島さん:「どうしたら自分の個性を生かせるのか?」、「収益性があるのか?」、「スケール感が最も大きくなるのは何か?」など時代の流れも考慮しつつ、50個くらい可能な事業内容を書き出しました。起業家の先輩方から客観的なアドバイスをたくさんいただき、現在の事業内容に決まりました。
——事業内容について教えてください!
大島さん:主は『マーケティング事業』となり、具体的には“タレントを起用した広報支援サービス”です。新潟で活躍する「タレントの宣材や静止画」などの肖像権を弊社がお預かりし、企業のWebサイトやSNS、ポスターやチラシなどにご利用いただきます。
——すでにタレントさんは登録されているのですよね!
大島さん:私を含めて7人のタレントがアンバサダーとして起用していただくことができます。モデルやタレント、お笑い芸人さんにアナウンサーもいます。「地域を活性化させたい」という想いを持った方々が、弊社のサービスを一緒に盛り上げてくれます。
これからもっとタレントを増やしていきたいですし、新潟をより盛り上げられるようになりたいですね。
【株式会社トークパス】
住所:新潟市中央区天神1-1プラーカ3
大島さんのSNS:
X/@ko_oshima_
Instagram/@ko_oshima
note/https://note.com/ko_oshima
大島さんのこれからの活躍に期待ね♪