プロフィール
秦 徹: 新発田市出身。建築内装のデザイン会社で16年ほど勤務したのち、全くの未経験だった障害者福祉事業を前経営者から継承し、現在4年目となる。前職の経験や人脈を活かした様々な事業を展開しつつ、ITツールを積極的に活用した障害者就労支援を行っている。
人との縁を大切にしてきたことが今の仕事に繋がっている
――秦さんの生い立ちから前職でのご経験などについてお聞かせください。
秦さん:生まれは違う場所なのですが、物心が付いてからは新発田市の佐々木という地域で小・中・高と過ごしました。大学で東京へ行ったのですが、東京自体が自分にあまり合っていなかったこともあって新潟を中心に就職活動をしました。建築内装のデザイン会社が最初に内定を出してくれたので、それで行ったという…何にも考えてなかったな(笑)。
最初は何にもわからないまま営業の仕事を取ってこいと言われ苦労しました。飛び込み営業や人の紹介とか、地味でベタベタな営業ですね。建設業の営業は大変でしたけど、企業の経営者に対してセールスをかけていくことが多かったので、この仕事をしていなければお会いできないような方に接する機会もありましたし、仕事について学ぶ場面はかなりあったと思います。その時のご縁が、今、例えばお仕事をお願いする時に「ああ、秦くんね」と言って頂いたりして、助かっている事も多いですね。
――ご趣味は茶道だとお聞きしました。
秦さん: 当時、デザイン会社の社長が茶道を始めて、社長が始めたんだからお前らもやれよ、みたいな話なんですよ(笑)。それで半ば強制的にやらされたのですが、やってみたら結構楽しかったんです。結果的に15年近く続いている感じで、一応、お茶名も頂いています。マナーや作法といった形式面だけではなく、心の持ちようや間合いのとり方等、精神面で仕事にも役に立っています。
知識ゼロ&経験ゼロで障害者福祉の世界へ
――「合同会社マザーアース」を立ち上げたきっかけを教えてください
秦さん: 縁があって前経営者からバトンを渡された形です。元々の経営主体は東京の会社だったのですが、新発田に作った支店がここでした。その後、様々な事情で事業から撤退せざるをえないとなった時、東京は早々に閉めたのですが、新発田支店だけ取り残された状態になってしまったんですね。それで事業譲渡先を探している、という話になり、知人経由で打診されました。
――前職とは全く違う業界ですよね。なぜやろうと決心できたのでしょうか?
秦さん:自分の知り合いが障害者支援みたいなことをやっていたこともあって元々興味はありました。ただ、ゼロからリスクをとって自分で立ち上げるまではさすがにちょっと…という感じだったのですが、たまたまそういうボールが来たので、これは打席に立ってみようかなと(笑)。
――チャンスだなと。そういう形で決意して経営を始めたということなんですね。
秦さん:現場のスタッフもそのまま引き継いだので現場は回っていましたけど、経営に関しては私自身が知識も経験もゼロからのスタートでした。福祉事業なので国から一定のお金は出ますが、ただそれだけでは経営が成り立たないので、外から仕事を取ってくるということも必要なんです。私が引き継いだ段階ではそれができてなくて、売上もほとんどない状態だったので、そこをまずなんとかしなくては、というところから始まりました。
とにかく何もない状態だったので、じゃあ何をするかってなった時に、清掃をやってみることになりました。たまたま私が建設業や不動産業に関わっていたので、そのご縁で、清掃会社や不動産会社にお願いして仕事を頂くようになりました。福祉のノウハウはありませんでしたが、元営業として仕事を取ってくるノウハウはあったので。この会社に私が関わったことの一番の強みはこういった部分なのかもしれません。
困難の連続を乗り越え、就労支援の仕事内容も拡充
――現在のマザーアースの支援サービス事業について教えてください。
秦さん:就労継続支援A型と就労移行支援の二つの支援サービスを行っています。福祉事業とはいえ経営なので、会社が存続する為には利用者を確保する必要があるのはもちろん、就労継続支援A型という福祉サービスは利用者と雇用契約の上作業をして頂いているので、生産活動で売上を確保しなければなりません。ただ、福祉サービスなので、売上だけじゃないものも必要ですし、収益と福祉のバランスっていうのはすごく難しいですね。
この事業を始めた頃はわからないことばかりでした。特に国の認可サービスなので、点数の取り方とか様々な制度があって…初めは苦労しましたね。通達とか、厚生労働省の文書とか、特殊な会計制度とか。でも誰にも聞けないという。
――お一人で勉強して学ばれたのですか?
秦さん:そうですね。当時、何人かに言われたんです。「福祉って人の人生を預かる仕事だから素人が関わる世界じゃないよ」って。要するに、ノウハウもなく準備もしていない人間が関わるもんじゃない、みたいな見られ方をしていたのだと思います。そう言われるのも嫌だったので、最初の1年目はとりあえず勉強だけは頑張ろうと決めていました。制度や障害者福祉の背景、あとは理論だったり…とにかくもう徹底して勉強しました。
――その努力があって現在に至ると。今では就労支援の仕事内容も広がってきたようですね。
秦さん:今は清掃がメインですけど、私が就く前から「つまみ細工」というものを制作・販売をしていました。ただ、売り先を含めてちょっと工夫しなければなと思ったので知り合いに相談したところ、「コスプレ用のお面とかいいんじゃない?」と言われて、それで作ってみたんです。新潟市の本町にコスプレのレイヤーの人たちが集まる「五徳屋十兵衛」さんというお店があるのですが、そこに置かせてもらったら評判が良くて。インスタグラムでも反応があり、そこからウェブ販売にも繋がって結構売れました。
ーー商品自体に価値があれば評価する方がいて売れる。マザーアースさんはそれを実現して販路も広がってるというのは、市場に参入している感じですね。
秦さん:数字に明確に反映されているかというとまだまだですけど、話題性にはなるかなと思っています。コスプレに関しては、レイヤーではないのですが、メイクとかが好きなアーティスト傾向の子たちが何人かいて、ちょうど合っていたのかなと思います。
社会の居場所がなくなった、それが障害の実態
ーーその人の特性に合った、それぞれの個性を活かせるのはいいですね。
秦さん:福祉が長い人ほど勘違いするというか、障害特性で人を見てしまうんですよね。この人は発達障害だからこうだとか、統合失調症だからこういう対応しようね、とかがあるのですが、現実的には絵に書いたような発達障害の人はほとんどいません。結局、その人その人を見ていくしかなくて、その方が正しい道に正確にたどり着けると思います。
障害にもいろんなケースがあります。自分の障害を受容できてないケースもありますし、自分は受容できているけど親が認めてくれないというケースもあります。例えば、調べてもらったら発達障害で、でも親には「そんなわけない、お前の頑張りが足りないんだ」と言われて悩んでしまう、とか。逆にもう早々に自覚して「私は発達障害だからこういう仕事はできません」と言って楽をしようとする人もいますし、本当に様々なんですよね。
――就労支援でも、普通の会社でも、その人その人に目を向けることが大事ということでしょうか。
秦さん:“障害者の人”と見るのではなく、その人の一部に障害属性があるというだけなので、その人をちゃんと見るべきだというところは同じだと思います。しかし、障害認定や障害年金の手続きで人は大きく自信を無くします。私は障害者なんだ、というのを国に認めてもらう過程は地味に心を削られる過程で私は障害だからいろんなことができません、というのをアピールしなければならないのです。なかなか大変なんですよね。
それと、若い子が多いんですよね。私もこの仕事に関わるまで分からなかったのですが、うちの利用者もほとんどが20代で、大半が学校を卒業したばかりの方です。かつての仕事はコミュニケーション能力が必須ではなく、組み立てとかのライン仕事もたくさんありました。それが今、新卒の子たちはみんな一様にコミュニケーション能力を必須で求められる仕事しかないように感じます。大卒文系の人は営業ができないと就職できない、みたいな話になるわけです。元々発達障害の人って一定数いたのですが、社会の居場所がなくなったっていうのが実態です。何が障害って、社会が変わったからなんですよね。
ITツールを積極的に活用した事業運営
――経営上大切にされていることは何でしょうか?
秦さん:職員も含めて、仕事を個人に固着させないということです。一般的に、中小企業では仕事が個人に固着しているのが実態です。その人にしか分からない、その人にしかできない仕事が大量にあるというような替えがきかない人材っていますよね。この障害福祉の仕事をやっていてすごく気付かされたのが、その状態は本人にとってとてもストレスで会社にとっても非常にリスクがあるのです。この人がいなくなったら現場が回らないとか、この人が売上の3割をやっているというようにならないようにしています。
そのために5Sと業務のタスク管理を徹底し、仕事の内容を全員が明確にわかるようにして、最悪当日急に休んでも誰かがカバーできるようにしています。そうやって会社が回るように、情報共有できるITツールの活用を含めた仕組みで考える体制を取っています。1日の仕事はタスクとして全てリストアップされていて、誰がどのタスクをどういう進行状況で進めているのか、全員が共有して見えるようになっています。
――ITツールを使ったタスク管理は合理的だと思うんですが、実際に作業をされてる方は、そのように管理されることに対してどのように感じているのでしょうか?
秦さん:やりやすいという話は聞きますね。監視が目的ではないですし、互いに手助けをするためにやろうねと話もしていますが、理解は得られていると思います。「Trello(トレロ)」という無料のITツールを使っていますが、タスク管理のほかにもチャットやファイル共有などわりと全部の機能を使っています。福祉系はITが遅れていると言われていますが、「マザーアース」では全員にパソコンも支給しています。
秦さん:私の言葉ではないんですが、福祉の専門書籍を書いてる人の言葉で「この仕事で必要なのはアートとサイエンスとテクノロジー」というものがあります。アートというのはその人の技、アナログの力なのですが、それだけだとやっぱり想いだけで終わってしまいがちでなかなか成果が上がりません。そこにサイエンスとテクノロジーを加えた3つがないと成立しない、ということなんですね。
この福祉業界、お金じゃないというところでやっている人が多いからアートの力は高いのですが、やっぱりサイエンスとかテクノロジーの力が弱いと思います。そういったところがITツールを積極的に活用する理由にもなっています。女性が多い職場ですし、職員もお子さんが小さいから発熱で急に休むこともあります。誰かが休んでも誰かがすぐにカバーできる体制になっているので、女性が働きやすい環境にもなっていると思います。
ーー女性が働きやすい環境というのはいいですね。
秦さん:そうですね。基本的に残業とか休日出勤もできるだけさせないようにしています。定時で帰れるようにするためには生産性をどれだけ上げるかだと思うんです。うちは清掃スタッフが外に行ってますけど、現場に居なくても誰がどこにいて進捗状況はどうなっているか画面上で把握できますし、チャットやファイル共有を活用すれば連携もしやすいです。
スマホって素晴らしいことに、どのような障害を持っていようがみんな使いこなしますね。自閉症のような子たちも普通に使いこなすので、そこにチャットツールを入れてあげると一段とコミュニケーションが取れます。口頭理解が少し難しい、視覚優位と言われる人たちに関しては、チャットの文章のほうが約束もきっちりと頭に入ります。面と向かっては全然喋れないけどチャットでは雄弁な子もいます。それでコミュニケーションが取れるのであれば、十分なんじゃないかなと思います。
障害者に必要なのは、社会にとって必要とされている感覚
ーー今までで印象に残っていることは?
秦さん:この仕事をやり始めた時に「素人がやるもんじゃない」と言われたことがずっと引っ掛かっていて。まあ、その通りだなと思うんですけど(笑)。逆にそれがあったからこそ、経験では絶対に追いつけない分、最初の1年間、集中して勉強できたと思うんです。制度や法律の仕組みとか、社会的な状況とか、そういったところは、福祉を長年やってる人たちにも負けないくらいの知識を得られたと思うので、結果的には良かったなあと。その人も別にけなそうと思って言ったわけではないでしょうし、本当に覚悟はあるのか、という部分を見たかったのだと思います。
ーーやりがいや良かったなと感じることはありますか?
秦さん:「マザーアース」からもいろんな人が社会に出ていきます。企業の障害雇用枠の中で就職してもらうのですが、定着支援といって毎月1回その就職先を訪問して企業の方と話をするんです。その時、「受け入れられて人気者になってますよ」みたいな話を聞くと嬉しいですね。今まで色んなところで受け入れられて来なかった人たちなので、それが社会の中で受け入れられて就職していく姿を見ると、「ああ良かったなあ」と感じます。
あと、お客さんから「嬉しい」や「ありがとう」と言われたりすれば、本人たちも嬉しいですよね。そこが仕事のやりがいにも繋がっていくと思うのでそういった瞬間に立ち会えた時は私も嬉しいです。そういう経験が増えると病気や鬱とかも確実に緩和されるんですよね。“社会にとって必要とされてる感覚”。これが薬なんかよりもずっと治療につながると思います。
ーー仕事を通じてご本人たちも変わりますか?
秦さん:確実に変わります。これがただの実習とかではなく、仕事でお金をもらって責任があるから頑張れるんですよね。やらないとお客さんを困らせてしまうし会社も困る、という状況に自分が置かれるから踏み出せるところもあると思います。だから、この仕事自体を治療だと思っています。ですが、障害者にとってそういった就労の場がほとんどないというところが社会としては問題ですね。チャレンジする場がないのです。
――障害雇用を企業に促進させようという世の中全体の動きがありますが、実際、形だけになってしまっているところもあるような気がします…。
秦さん:今だと労働者45.5人以上の企業で障害者の雇用義務が発生します。少し大きい会社だと雇用しなければならない。それでやむを得ず障害者を採用しなければならない。というような話になるわけですが、そうすると現場も、上司や総務から言われたから、はい、1部署1人ね、という感じで預けられるケースがあります。その場に行かされる障害者もかわいそうだし、受け入れる側もかわいそうだし、なんとかならないかなあと感じています。
適切なジョブマッチングの仕組みさえあれば、上手く仕事はできるわけですし、適正を見極めて正しい雇用の仕方をすれば十分なんですけどね。障害がどこにあるかっていうと、その「人の中」ではなく、「人と人の間」にあるんですよ。だからそれは仕組みで変えられるのです。
――企業側も障害者に対する考え方を変えていく必要がありますね。
秦さん:コミュニケーション能力を過度に求めてしまっていると思います。結局まともに仕事できる人って、求職者のうち2割くらいしかいないのではないかという話もありますし、それで人手不足だと言っているわけだから企業側も考え方を変えなければいけないです。発達障害だろうがなんだろうが普通に仕事ができるような働き方もあると思いますし、さっき言ったように対面がダメならチャットツールを使えばいいですし、そもそも人と会って話すのが苦手であれば会わなくていい働き方もあるでしょうし、工夫すればいいと思うんですけどね。
福祉施設側がもっと発信していくべき
――福祉施設側からもっと伝えていかないと変わらないのでしょうか。
秦さん:発信力についてはすごく問題があると考えています。実際には企業側が想像している以上に能力の高い人が多くいるんです。「マザーアース」もそうですが、職員より事務作業ができる人がたくさんいます。
結果的に福祉施設に滞留してしまう能力の高い人達がいる、という事例もあります。福祉施設側は、お金を稼がなければいけません。そうすると、できる優秀な障害者は手離したくないんですよね。本来社会に出ていくべき人が、福祉施設の中で低賃金で働かざるをえない状況が簡単に生まれます。こういう人こそ社会に送り出してやらなければならないですし、福祉側に売上を求めるとこういうことになってしまうんだなと思います。
ーー企業と福祉施設がWin-Winの関係になれますか?
秦さん:なれると思います。実際に今、新発田建設さんという地元のゼネコンさんから建築図面のスキャニングという作業を受注しています。ゼネコンさんには莫大な量のA1サイズの図面、大きな本のようなものがたくさんあるのですが、建てた建物がある以上保管し続けなければならないですよね。大きな本なのでスキャンを自動化するのも難しく、全部手作業でやる必要があり、手間がかかるんですね。業者のスキャニングサービスだと莫大な金額がかかってしまうし、そこでなんとかならないかというご相談を頂き、引き受けることになりました。少し良いデジタルカメラで単純に上から図面を撮影して、それをパソコンで画像加工してファイル名を付けるという作業です。先方が困っていたことを業者よりも低コストでやれるということもあり、喜んでいただいています。なかなか珍しい取り組みなので、企業のCSRの一環としてホームページ上で紹介していただくことにもなりました。
ーーお互いにとってとてもメリットのある話ですね。
秦さん:そうなんです。福祉施設側から積極的に発信してアプローチして、企業さんと繋がりたいです、という意思表示をすれば想いがある経営者の方々と繋がることができます。企業側が繋がりたくても福祉施設側の状況が分からないところはあると思います。想いのある経営者の方が関心を寄せていただいているのに福祉施設側の発信力が弱いというところはなんとかしたいなと考えています。
「こんな事をやっています」、「こんな事が私達には出来ます」という事を日々多くの人に発信していく事で、「力を貸してもらえますか」といった形で様々な企業や団体と連携できるのではないかなと。その中で必然的に交流が生まれ社会の中で障害者が包摂されていく、というのがあるべき理想だと思っています。今、この理想の形を実現する為に、福祉施設への発注に積極的な企業や専門士業の方々と一般社団法人を設立し、企業と福祉施設との中間支援団体を立ち上げるプロジェクトにも参加しています。
ーー最後に、今後挑戦したいことを教えてください。
秦さん:新発田という街は年々目に見えて衰退しています。商店街もシャッターが目立ち、住宅も空き家が目立つようになりました。学校を卒業するとみんな市外へ出ていき、新発田には帰ってこない。みなさん新発田には若い人がいない、と一様に言いますが、一方で「マザーアース」に来る利用者の大半が20代〜30代の若い人たちなんです。このギャップを何とかしたいと考えています。
もうひとつは、子どもたちが仕事の様々な体験をする事ができる“キッザニア”という施設がありますよね。「マザーアース」もキッザニアみたいな施設になればいいなと考えてます。対象年齢はもう少し高いので、ちょっと厳し目のキッザニアですが様々な地元企業に実習先ができれば可能な事だと思っています。就職する前にいろいろな仕事が体験できて、どういう仕事が合っているのか自分がわかるような施設にしたいです。
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企業と福祉施設がより良い関係になれると良いよね!とても勉強になる話だな~